オールライフマガジンALL LIFE MAGAZINE

「介護現場のストレスケア」その7.(高齢者のこころの理解)

2010年09月15日

ストレスと高齢者のこころの動きを知ること

 高齢者へのサービス提供という視点からすると、当然のことながら老年心理(お年寄りのこころ)に関する基本的な知識は必要である。しかしながら、意外にも介護現場では今まであまり活用されていないのである。老年心理学というと理解するのに困難な学問と感じられるかもしれないが、本来、高齢者のこころの変化と行動の関係(老年心理)を解明しているものであり、誰でも素直に理解できる科学的な要素を持った興味深い内容であることを強調したい。また、ケアの質の向上に努める介護現場では、高齢者の心理的なケアの必要性を感じ取っている職員も多い。実は、高齢者の心理的ケアを考えながら、高齢者のこころの変化と行動の関係を学ぶことになった介護現場の職員が、高齢者のケアを通して、自分自身の介護ストレスを軽減するに至った事実が存在する。このように介護現場のストレス要因においては、高齢者のこころの変化と行動に対する理解と深い関係が見られるのも興味深いことである。

 職場のストレス調査では、「最近、ご利用者の言動にショックを受けたことがあるか」という質問に対して、多くの方々がYESと答えている。そして、比較的経験年数の浅い方が多く、そのショックの度合いは比較的大きいことは、経営者側から見れば、当然のことであったはずだ。しかしながら、アンケート集約の中では隠れてしまう事実もある。それは、一定の経験を持つ中堅以上の職員の場合でも、高齢者に対するコミュニケーションスキルの不足や言動・行動に関する基本的知識の不足が原因で、利用者との円滑なコミュニケーションが思うようにとれない。それによるトラブルも起きているはずである。

高齢者との良好な関係構築は経験者が優位?

 ここで問題なのは、その時のストレス反応が、経験年数の浅い方の比ではないほど極限状態に陥ることも多いにもかかわらず、誰も理解しない環境と悟られまいとする本人の真面目な態度が存在することである。ベテランというと、利用者の言動や行動の変化に慣れており、通常、それなりに対処できる知識・能力を備えているはずだ。また、それは、彼らの経験や職場内の慣習によって、培われた現場的な知識であることが多い。その慣習と経験で培った仕事対する実力は、大きな自信と活力を生み出す。しかしながら、一旦その範疇にない出来事に遭遇したときに、対処できなかったとすると自分の対応力の乏しさに責任を感じるのである。ヒューマンケアに携わる人だからこそ、ここで自分を責めすぎるというわけである。この場合、介護現場での慢性的な疲労や、自分の中で応用力が働かないくらいさまざまなストレスに見舞われていた時期であるとすれば、その職員がたとえ優秀な人材であっても、臨機応変に対処できなかったと考えられないだろうか。「なぜ、職員の対応力にこれほどまで差が生じるのか」という質問に対してほとんどの経営者が、このような話を聞かせてくれる。「それは個人の能力の差である」という、「では、その能力はどこで差がついたのでしょうか」と聞くと、「個々のやる気でしょう」という答えが返ってくる。すべて、個人の責任である。ここでは、最低限の平均的な知識レベルを求めてそれを補うシステムがあれば、十分に足りるはずである。ほとんどの施設で採用しているOJT(現場における実践的トレーニング)は、大変有効な教育手法である。しかしながら、それは高齢者への心理的ケアや良好な人間関係を築きあげる際には、常に進化する正しい知識を身につけた担当の先輩職員が存在することが条件である。経験のみでOJTを任された場合は、利用者にとっても職員にとっても、そこでは悲劇が繰り返される。

 例えば、このような事例がある。老別養護老人ホームのデイサービス部門での話である。OJTでペアになった「新入職員のAさん」は、担当の先輩職員のYさんと食事の介助を行っていた。食後に出す飲み物を利用者ひとり一人に尋ねて歩くAさん、ご利用者のHさんは、先輩からは「軽い認知症」と伝えられていた。確かにHさんは、「食後は、何を飲みますか?」と尋ねても、うつむき加減になり、少々怒ったような表情で「うん!」と答えるだけの人であった。脳梗塞による障害で仕方ないと思って援助しているAさん。そんなある日のこと、Aさんはいつもと違う行動に出た、Hさんに飲み物の絵を書いて「食後の飲み物は、どれにしますか?」と尋ねたのである。その後は、想像できるとおりである。それ以降、Hさんは、Aさんに微笑みながら何でも話しかけてくるというのである。ちなみにHさんは「失語症(資料参照)」であり、言葉そのものの意味が理解しにくいのであった。それを見ていた、先輩職員のYさんは、当初、「Hさんは、何を言っても、うんとしか言わないから、お茶でいいよ」と言っていた。しかし、Hさんが笑顔で甘いココアを美味しそうに飲んでいる姿を見て、今までHさんの見かけの恐い顔しか見ていなかった自分を反省するとともに、Hさんのうつむき加減の怒ったように見える顔は、自分の思いが相手に伝わらないイライラする気持ちから出ていることが理解できたために、今までのどうにもならないストレスが、なくなり清々しい気分であることに気付いたという。

 まだストレス・マネジメントを考える段階にない組織の場合でも、個人的な知識レベルの強化を図り、たとえ経験のない範疇の出来事が起こったとしても、冷静に受け止めることのできる職員個々のセルフコントロール力を備えておくべきである。そして、ヒヤリハットなどのチーム制のカンファレンスと同様に、こころの変化と言動・行動についても、一人の経験や知識に止めずに共有化を図ることから始めれば、将来的にはストレス・マネジメントという組織的な形に発展するであろう。

(監修:アイエムエフ研究所)