オールライフマガジンALL LIFE MAGAZINE

「介護現場のストレスケア」その8.(高齢者のこころの理解と職員のストレス軽減)

2010年10月15日

高齢者個々人を理解することで職員のストレスが軽減した実例

 今回は、介護現場での実体験を例にとって、高齢者のこころの動きを理解してみることにしよう。 ある施設での出来事である。車椅子を利用している脳梗塞による右片マヒの障害を持つNさん(女性)は、桜の花が好きでいつも春になると花見を楽しみにしていた。職員が付き添って車椅子による花見となるが、それでも桜の花のトンネルをゆっくりと散歩をしながら、3組のご利用者と職員が心地よい春の一日を楽しんでいた。大きな桜の木の下で、休息をしたときのことである。担当の職員はストッパーをかけて安全な位置に車椅子を止めた。頭上に咲き乱れる桜を見回しながらNさんの状態は、いつしかお尻の位置が前方にずれて顔が上空の桜に向いていた。職員は車椅子から利用者がずれ落ちやすいことを理解しているので、すぐにその状態を直すこととした。3名の職員のうち一番若い男性職員Aさんが、Nさんの後方から慣れた手つきで、いきなりNさんの脇の下から手を入れて、掛け声とともに引き起こした。その瞬間Nさんは、叫び声とともに普段では考えられない力を出して、足をバタバタとさせて抵抗した。幸いにも、車椅子が倒れるなどの事故には至らなかったが、施設に戻った職員は利用者日誌やヒヤリハットシートにその事実を丁寧に記載した。しかしそれ以降、NさんはAさんの介助を嫌うようになった。Aさんは、担当なのでとにかくNさんの支援を精一杯こなしているのだが、声賭けをしても何も反応してくれない。それどころか、あからさまに嫌うようになってしまった。悩んだAさんは、OJTでお世話になっていた先輩職員に相談した。以前から先輩職員はAさんに対して、Nさんには軽い認知症の症状が見られるので十分に注意して接するように教えていたという。

 さて、このような現場の出来事はよく見られる光景である。しかしながら、このままの状態で放置しておくとこの若い職員の悩みは増大して、自信をなくし、ヤル気がなくなり、不安の中で仕事をするので集中力も低下しており、ミスが多くなるという結果を招く。もちろん、職員として経験を重ねていくことで、このような問題に対処する能力が備わることは確実である。ただし、このような個人レベルの能力開発にのみ注力をしてきた今までの現場では、職員の定着率は低いものとなっているのである。

 それでは、あの落ち込んで悩んでいるA職員には、どのような対処をすればいいのだろうか。実際に対処した方法をご紹介しよう。

花見をしたときの3人の職員に一人ずつ話を聞かせてもらうことにした。当然Aさんは、手当てが遅れてしまったために不眠の状態が続くというかなり悩み苦しんでいる状態なので、ゆっくりと時間をかけながら、専門家のカウンセリングを導入して対応した(カウンセリングは全員に必要なわけではなく、このような緊急対処時に必要となる場合が多い)。Nさんにも話を聞かなくてはならないが、かなり閉ざされた状態であったために、これも専門家(老年期の精神科医・神経内科などの医師)に介入いただき、認知症の状況も含めた経過観察と本人のうつ的な症状の緩和に努めた。 また、花見のときの日誌やヒヤリハットシートには、先輩職員が教えたとおりに「軽い認知症のため、突然の異常行動により、あやうく車椅子から転落するところであった・・・。」と記されていた。職員のAさんは、その時本当に焦ったという。事故にならなくて良かったと思う気持ちが、ヒヤリハットシートへの記載という行動となった。しかしながら、そこには先輩職員・生活相談員・副施設長・施設長の確認印が押されているだけで、Aさんの発する悩みへの具体的な指示や対応はなかった。

 Nさんの状態を医師から確認をして、認知症ではなく服用している薬による幻覚などが、多少見られる程度であることが分かり、職員のAさんを含4めて「お年寄りの体とこころの変化」について正しく理解をしてもらう研修の機会を設けた。そんな中で、若いAさんはこんな気付きを持ったと報告している。

 「Nさんは84歳であっても女性である」、男性が突然、後方から脇に手を入れてくれば誰でも驚いて大声を上げるだろう。そして、「Nさんは女学校を卒業しているプライドを持った女性である」、後方からの声賭けも特に失礼な行為に感じてしまう。「高齢者はすべて同じような状態である」と考えていたので、他の利用者の気分を害していることもあるのではないか、など高齢者のこころの在り処に気付いたのである。高齢者の心理的ケアの必要性に気付いたAさんは、以後、こんな工夫をして利用者と接するのである。「プライベートなことは除いて、生まれ育った年代の出来事や背景を勉強して、ひとつでも共通の話題を見つけ、声賭けはそのコミュニケーションでその人の本質が分かるまで、できる限り丁寧に正面から目線を合わせて、名前を呼んでいる。彼の不眠を生じていたストレスは、このように軽減されていったのである。この若い職員の変貌を目の当たりにしたこの施設では、強制ではなく組織としてこの取り組みに着手した。知識レベルの高齢者理解から心理的なケアまでできる環境に生まれ変わったのである。

(監修:アイエムエフ研究所)