オールライフマガジンALL LIFE MAGAZINE

「介護現場のストレスケア」その9.(高齢者のこころの理解と職員のストレス軽減2)

2010年10月25日

高齢者のこころを理解する準備

 入所施設職員のAさんは、担当している利用者のBさん(83歳女性、脳梗塞による右片マヒあり)とコミュニケーションが取れなくて、困り果てていたという。Aさんは、介護職として3年を経過して早期に介護福祉士の資格を取ろうと日々一生懸命に努力をしていた。一方、Bさんは半年前に入所をしてきた利用者であった。Aさんによると、BさんはADL全自立であり歩行もウォーカーの使用により安定、耳は遠いので大声でゆっくり話をしないと理解してくれないという。また、Bさんは徐々に気分が優れないということを訴え、食事を取らなくなってきた。唯一、Bさんが楽しそうに参加するボランティアによる大正琴と踊りの会の前後には、食事を取るという。また、外出可能なBさんは、お菓子を買い込んできては仲の良い2~3人とお茶のみをしながら、楽しそうに笑っていたという光景を他の職員は見ている。しかしながら、Aさんとはコミュニケーションが困難で、Aさんは、日々疲れを隠せない状況に陥り、不眠の続く毎日であったと訴えていた。

 施設でのコミュニケーション訓練や研修を行う際に、職員の皆さんに確認することがある。それは、コミュニケーションが困難であるとされる利用者の様々な状況を把握しているかということである。そんな話をして必ず出てくるのが、サービス計画書やそのチェックシート・介護記録などである。そこには、入所してからの事項がまとまっているだけで、その利用者の生活習慣や特技などは記されていないことが多い。

 この後、Aさんの対応でBさんの行動が変わっていく姿の中には、実は高齢者のこころの安定感という基盤が見え隠れするのである。そこには、施設に入所するまでのBさんの生活環境への理解がある。

スキルだけではなく感性も大切

 コミュニケーションの訓練は受けるが、現場に戻るとその身につけたスキルまで元に戻ってしまう人は意外に多い。それは、スキルをただのコミュニケーションのための技術としてだけ捉えていて、コミュニケーションを良好にするための必要な感性を磨くことを怠っているのである。

 さて、コミュニケーションスキル訓練終了後、AさんはBさんの入所時からのファイルに目を通して驚いた。それは、自分の母親の故郷に近い地域の出身であったことである。早速、Aさんは自分が幼い頃訪れたその地域のことを思い出し、親戚に連絡をしてその地域の気候や食べ物、特産物や言葉という具合に様々なことを確認した。そして、Bさんの周りで起こっている様々なことに気づき、それに合わせてコミュニケーションを取る工夫を施した。

まず、Aさんはボランティアの大正琴と踊りの中で、Bさんがひときわ嬉しそうにするものがあることに気づく。「夏も近づく八十八夜」の曲に合わせて手拍子をするBさんである。後の会話でわかったことであるが、Bさんはお茶を作る大きな農家の生まれであった。この時期になると、まさに茶摘みの作業をこの歌に合わせて行っていたのだという。AさんはBさんとのコミュニケーションが進むにつれ、こんなことも話してくれた。「私は高齢者と生活をしたことが無かったので、八十八夜の意味を知りませんでした。Bさんに立春から数えて八十八日目のことで、茶摘みの最盛期であり、苗がようやく成長してくる5月初旬を指すらしいですよ!」Aさんの顔は満面の笑顔であった。また、大正生まれの大きな農家に育ったことが、その生活感や言葉使いまで影響をしていたようだとAさんは続ける。入所当時、Bさんが、食事を終え食堂から部屋に戻るとき「ごきげんよう」と言っていた。その言葉に、そこにいた誰もまともに反応していなかったという。「ごきげんよう」は、別れる(去る)時の許しを請う大変丁寧な言葉であるにもかかわらず、そこにいた誰もが適当に流していたことで、Bさんは寂しくなっていたのではないかという。

 

共通の話題は安定感の基盤

 さらに、Aさんはこんなことにも気づいた。Bさんはお茶を作っていたのですから、お茶の味は人一倍判ります。コミュニケーションできるようになって、こんなこともありました。「娘十八、番茶も出花という言葉を知っていますか」と言われたそうである。本来は、若い女性を戒める言葉であるが、ここではBさんは、粗末な番茶でも入れたては美味しいということを言いたかったのではないかとAさんは解説する。体調不良を理由に朝食を摂らなかったBさんは、朝食前のお茶が何より好きだったと言う。そして、利用者ばかりではなく高齢者を誤解していたと反省する。今では、Bさんがお菓子を調達する際には、Aさんに相談してくるまでになった。それは、美味しいお茶の入れ方と、お茶とお菓子とそこに生まれる楽しいコミュニケーションの素晴らしさをAさんが理解して、食事の前後は当然のこと、毎日美味しいお茶とお菓子で笑いの耐えない環境を一緒に作ったからである。

 これは十人十色様々な背景をもっているので、全ての利用者にこの対応をしようとすれば、職員の負担は重くなると必ず言われるのであるが、果たしてそうであろうか。現在、年齢的にも戦前・戦中という括りのできる社会的集団の方々が利用者には多い中で、共通する次代背景や話題(社会・風俗・流行)を知っておくだけでも、コミュニケーションは飛躍的に改善される。また、都心部は例外としても、施設や事業所は地域の中にあるために比較的一定の話題を持っている。学問的に述べるつもりはないが、このような高齢者のここの安定感を生み出す基盤は、利用者の入所に合わせて定期的に取り入れADLやケアプランと同様に重要項目としてファイルしておきたいものである。

(監修:アイエムエフ研究所)