オールライフマガジンALL LIFE MAGAZINE

「介護現場のストレスケア」その20.(職場の人間関係づくり4)

2011年09月15日

真実を見逃してしまう「報告」のメカニズム

 デイサービスの現場では、利用者Aさんのカンファレンスのあと、職員の中で不満と不安が広がり始めていた。この原因は、施設長のマネジメント力やカンファレンスでの発言によるものと個人の責任への決め付けが原因である。施設という「ひとつの箱の中での集団作業」には、メリットがある反面、一度ボタンを掛け違うとそのデメリットも大きい。施設では、情報を共有することが容易であり、慣れているためにカンファレンスでは意見がまとまり易い(そのように見える)。しかし、その一方で、集団作業に慣れている職員は、ひとつの現象を当然自分と同じように誰もが見ていると感じた瞬間、真実が見えなくなる可能性も高くなる。

 仮に、すべての職員がAさんの最近の様子を「歩行困難・車椅子での移動・体重3キロ減・むせこみ」という言葉どおりの現象だけを捉えて、責任者へ報告したとしよう。責任者はその報告に対して一応の満足感を得る、そして介護計画書に刻まれるケアとこの事例の一般的な対処を促すことで一定の安心感を覚えていくのである。この結果、安心感を揺るがす「未報告」という現象には、責任者として叱りつけることで、役割を全うするのだが、Aさんの現象を引き起こしている真実を見逃す仕組みができあがってしまう。

 この事例の場合、職員の側から見ると、職員間では気づきながらも報告するまでには至らず、経過観察をしていただけという認識である。未報告事項(最近、Aさんのむせこみが多くなってきたこと)として叱られるとは、まったく考えていない状態である。仮に、報告事項が「事故」または「事故に至らないヒヤリハット」などと決められていれば、報告しなかったこともまたルールである。そこで責任者からのプレッシャーは、かなりの不満につながる。

 ストレスをためないよう自己防衛策として、職員はとにかく早めの報告をすること(現象の報告)という上手な報告スキルをいつの間にか身につける。そして、本来は気づいているはずの「真実」を表現せずに一時の安心感を得ることが何より優先されることになる。その環境は、最終的に利用者の変化に対してぎりぎりの対応を迫られる環境を職員に与え、真面目な職員ほどその中で葛藤することになる。


報告しやすいよう配慮しカンファレンスを開く

 さて、このデイサービスでは、さまざまな経験と研修を積み重ねてきた看護師とケアマネジャーが、職員の葛藤に気づいたことで、次の行動に出た。まず、施設長に提案し、再度全員を集めて「利用者Aさんの事例」について再度カンファレンスを開催した。そのとき、施設長は、職員にプレッシャーをかけないために出席せずに影で見守ることを役割とした。

 進行役として前に出たケアマネジャーには、出席者全員が感じているままの状況をカンファレンスの中で報告できるように配慮する役割が与えられた。発言の得意な職員とそうではない職員のどちらにも意見を出してもらうための配慮として、発言または記録用紙に書いて提出する2つの方式をとり、このカンファレンスが始まった。結果として、前回発言をしなかった職員が口火を切り、参加したすべての職員が利用者Aさんについて気づいていること・感じていることを素直に話し出した。まとめてみると、次のとおりである。

 ◆ 立ち上がろうとしても、車椅子からは、一人で立てないので、いつも寂しそうな顔をしていた(目)
 ◆Aさんの顔から、いつものような笑顔が消えていた(目)
 ◆Aさんは、歩行ができなくなってきたことが寂しいと言っていた(耳)
 ◆以前、散歩に出かけたいと言っていた。その際、本当は自分で歩きたいと言っていた(耳)
 ◆食事を美味しく食べたいから、少しでもいいから歩きたいということを話していた(耳)
 ◆そういえば、最近はすっかりそのような話をしない(耳)
 ◆笑顔がなくなると同時に、話をしなくなっているように感じる(感)
 ◆特に朝から午前中にかけて元気がない(感)
 ◆食欲の低下とともに、大好きだったお茶も飲む量が極端に減ったのではないかと思う(感)
 ◆そして最近は、移乗の際に手に力が入らなくなっている(感)
 ◆握力や筋力まで低下している(感)

 このように、「目で見た」「耳で聞いた」「感じた」場面をそれぞれが素直に報告した。 すると、看護師があることに気づいた。この時点で、誰もAさんの「むせこみ」に関する報告をしていないのである。そこで、むせこみについて何か気づいていることがあれば、専門的な判断は必要ないという条件の下、報告をしてもらうと、驚いたことに、施設内では一度もむせこみを見た職員がいなかったのである。進行役のケアマネジャーも家族からは直接聞いていないという。


ありのままを話せる環境を整えた成果は?

 さて、何が「むせこみ」につながったのであろうか。それは、3週間前にデイサービスの送迎の際、家族からこの2日間ほど食事をしたときに「むせこみ」があったという報告を聞いた職員が、当日の申し渡し事項として報告した内容が、伝言ゲームのように「むせこみ」に要注意という内容に変化をしていたのである。

 Aさんは、確かに機能低下が見られるものの、実は一人では危険で歩けないことにかなりショックを受けており、食事が美味しく感じられずにいたという。また、自宅ではトイレに行くことも危険であるという判断から、オムツをすることが多くなった。いつしか笑顔が消え始め、さらに食事を取りたくなかったという。この真実に気づいた職員たちは、Aさんのケア全般について当事者の一人でありながらも、客観的に見直すことで、それぞれの役割の中で何ができるのか検討を重ねた。

 自宅でのむせこみの原因にもなっていた水分の摂取を解決するために、自宅にポータブルトイレを設置する提案をし、一人でもベッドから起き上がってトイレに行くことができるように、用具の見直しも提案する。また、デイサービスではなぜ「むせこみ」が発生していなかったのか検討することで、仲間や職員との会話や水分摂取、食事の工夫をあげ、看護師の指導を仰ぐことで、口腔ケア(口腔体操)を取り入れることにも成功した。

 このように成功した理由は、自分たちの立場からありのままを話せる環境をつくり、「真実」を見ることができたことである。

 基盤としてのルールや仕組みづくり(報告や事例検討会などの励行)が整備されていることを前提にすると、そのルールを認識させて、行動させるレベルに定着させるのは、管理者のスキルと工夫に他ならない。しかし、これも管理者に任せたままの放置状態では、仕組み自体が形骸化するのは明らかである。それは、いかなる仕組みにもメンテナンスが必要ということである。


(監修:アイエムエフ研究所)